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大韓聖公会の大聖堂(2)

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日帝植民地時代は、ソウルの町で目立ってそびえていた大聖堂ですが、今はこの辺りは多くの新聞社の高層ビルが立ち並んでいて、目立ちません。

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修道院は芝生の庭を囲むように立っていて、クラシカルな修道院のイメージとも合ったものでした。

大韓聖公会の大聖堂

先週から再び韓国に来ています。今回はツアー的なプログラムではなく、付き添い的な人もいないので、ソウル市内を連日歩き回って、だいぶ市内の地理的感覚が身につきました。

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大韓聖公会の大聖堂は、外装も内装もとても聖公会らしく、過剰な装飾がなくて、落ち着いた雰囲気で素晴らしいです。

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大聖堂の裏にある主教館は、朝鮮(大韓帝国)最後の王子が学習のために使っていた館で、伝統的なしきたりでは館の主である王子が日本に連れて行かれるために去った時点で取り壊されるところを、英国聖公会の宣教師が頼んで貰い受けたことで残りました。文化財に指定されている伝統的な様式の建物です。

さらに、その裏に隣接している修道院に泊まっているのですが、修道院のメインの建物と庭の造りも韓国の伝統的な様式で、とてもよい雰囲気です。

よいお年を

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1月6日まで、韓国に行ってきます。皆さん、よいお年を!

クリスマス・ページェント

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日曜日には市川聖マリヤ教会で「おとなのページェント」がありました(このネーミングは、次の日曜日にある日曜学校の子どもたちのページェントに対応したもの)。

新型インフルエンザの影響で予定していた恒例のクリスマス・コンサートが開けなくなってしまって、わずか1ヶ月前に有志の呼びかけで急遽やることが決まって実現したのですが、初めての試みで練習時間もあまりなかったにもかかわらず、よい出来でした。タレントが集まっていることを実感させられました。案外と観客も来てくださって、教会創立75周年のよい記念になりました。

今日はイユの幼稚園でキャンドル・サービスがありました。カトリックの幼稚園なので、親しんでいるクリスマス・キャロルの歌詞が全然違っていて、興味深かったです。ただ、礼拝中にカメラマンがやたらにフラッシュをたきながら撮影をしていて、礼拝の時間でなくなってしまっていました。

Google Chrome !

Google社が公開した新しいウェブプラウザ Google Chrome を早速ダウンロード、インストールしてみました。
http://www.google.com/chrome

確かに速い!それ以上に印象的なのは、デザインと数々のアイディア。ブラウザはすっかり標準化されて、個性的な特徴を持ったものは考えにくくなっているように思っていたけれど、そんなことはなかった。とてもいいです。

※ページの再読み込みで、全フレームが再読み込みされないことに気がつきました。例えばこのフォト日記など、フレームなしで表示させて再読み込みのボタンを押すまで新しいエントリーが表示されませんでした。フレームは廃止されていく方向だからなのでしょうけれど…。

若干の変更などについて、お知らせ

この「くまのみフォト日記」と「海辺のノート」で、コメントをつけていただくときに、自動プログラムによる迷惑投稿を防止するために、キーを入力していただくようにしました。キーの言葉は、コメント入力場面で表示されます。

ついでに、CSSの設定がおかしくて表示が乱れていたのを直したり、「海辺のノート」の方はタグ機能を付加したりしました。

四月から、このサイトはファミリーと趣味の関係、「海辺のノート」は仕事や活動の関係というようにはっきり分けるようになってリンクも外し、フォト日記からノートに幾つかの記事を移しました(コメントを頂いたものもあったのですが)。最近は写真を撮っていないので「海辺のノート」の利用が多くなっています。http://kumanomi.ferio.net/diary2/

タグ:お知らせ

あんまりのことに涙が出てきた

「石原都政でまたデタラメ発覚 認証保育所、36円で給食づくり」 (ゲンダイネット)
http://1stepup.com/url/orkw

>  東京都墨田区の認証保育所で、1人当たりの1日の食材費がたった36円だったことが分かった。

> 「離乳食で使うタマゴボーロを3~5粒。ヨーグルトを大さじ1杯程度という悲惨な状況です。1カ月2万2000円の食材購入費で、25人の乳幼児の給食、おやつをまかなっていた。開所時の栄養士は『これじゃあ十分な献立が作れない』と辞めてしまい、やむを得ず運営会社が手配した派遣の栄養士が給食を作っていました。ただ、10円の鶏肉や野菜の切れ端など激安スーパーの特売品に合わせて翌日の給食メニューが決まるので、乳幼児の栄養なんて考えていなかったのです」(関係者)

> 認証保育所は03年、石原知事の肝いりで始まった施策だ。「都市型保育ニーズに応える」「(国の施策は)低年齢児の受け入れ体制が整っていない」などと自信満々だったが、この男のやることだけに、案の定、弊害ばかりが目立つ。

>「認証保育所は、設置基準が緩いから、企業参入しやすい。この規制緩和が諸悪の根源です。都は企業間競争でサービスが向上すると言うが、もともと保育所は儲かる商売じゃない。だから人件費や食材費切り詰めなんて事態が起こるのです」(都政事情通)

『切支丹風土記』を入手

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アルバイトに行っている伊勢佐木町の古本屋で『切支丹風土記』(宝文館 1960/5/5)5冊が5千円で出ているのを見つけて購入しました(※アマゾンのマーケットプレイスでは東日本編だけで\68,599の値段が付いている!古本屋の主人は相場はセットで1万円ぐらいだと言っていた)。

以前、松輪の切支丹灯籠を知ったのをきっかけにネットで調べられる範囲のことをまとめましたが、断片的な情報の寄せ集めにしかなりませんでした。『切支丹風土記・東日本編の「相模の切支丹」に情報がまとまっていましたので、抜き書きを作りました。

★「三浦半島の隠れキリシタン」
http://kumanomi.ferio.net/diary2/archives/10.html
★『切支丹風土記・東日本編』「相模の切支丹」からの抜き書き
http://kumanomi.ferio.net/diary2/archives/38.html

※ これを読んで、三浦按針が自覚的に聖公会信徒として生きたらしいことを知った。たしかにイギリス人なのだから、考えてみれば聖公会信徒であって不思議でないわけだけれど、三浦按針は宗教者としてでなく、航海士として漂着した人だから、これまでつなげて考えたことがなかった。たびたびカトリックの神父が逸見を訪ねて改宗を勧めたということだが、「彼らは依然迷妄を堅く守っていた」と複数形で言われているということは、周辺にいた日本人も聖公会信徒になっていたということだろうか。一緒に漂流して救助されたオランダ人の船大工のピーター・ヤンツや砲手のヤン・ヨーステンのことが言われているのだろうか。カトリックへの改宗を拒否したのは、政治的なモチーフによるのだろうか、彼の信仰理解によるものだったのだろうか。

Steve Reich to King Crimson

持っているCDをせっせとアマゾンに出品する作業をぼつぼつと続けている。好きなアーティストについては、Wikipediaで「その後」の近況を調べたり、未聴の作品を確認したりするのだが、そんな作業の中でiTunesで現代音楽のアルバムが案外と安いことに気がついた。CDでは2~3千円の60分前後のフルアルバムが500円(iTunesでは普通は1500円ぐらいの設定になっている)!

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思わずSteve Reichの"Drumming"という作品を買ったのだが、そのPart IVが、King Crimsonで最も好きな曲"Lark's Tongue in Aspic Part One"を思い起こさせるものだった。録音された年を見ると、"Drumming"が1971年(今入手できるものは再録版)、"Lark's Tongue.."が1973年。調べてみたら、1972年秋に、ロバート・フリップはブライアン・イーノと2人でミニマル・ミュージックの実験をやっていたことが分かった。そこから生まれたのがFrippertronics。

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ところで、これまた処分のために読み返した高橋悠治の『カフカ 夜の時間』に、次のような一説があった:

> 88を知った後の4つの音は、それ自体が制約であり、此の意図的な貧しさほど自由から遠いものはない。はじめにあった4つの音は見えるものと見えないものとの境界を形作っていた。後のは、おおくの音の中から否定を通じてえらばれたもので、文化的な価値を持たされている。実際の音楽としても、起源への回帰というよりは、過去や異文化からの借用として実現することが多いだろう。ミニマリズムがそうであったように。千年王国、夢の時、夜の時間などとして、それぞれの文化の枠の中で思い描かれた自由は、時間の外、善悪の彼岸、文化の外側にありながら、日常の裏側の、すぐ手の届きそうな所にあって、秩序の割れ目から一瞬こちらにはみ出してくることもある。

この一節も、次の一節も、アガムベンの『残りの時』と共振する。まあ、高橋悠治はカフカやベンヤミンを読みながら考えているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけど。

> 新しい音をつくりだそうとして、日常から離れるのではなく、ありふれた音を新しくするのは、もっと難しい。伝統を破壊して別な教義を建てるのではなく、それを要素に分解して抽象化するのでもなく、それが伝統となった日々に失ったもの、日々に生きる音楽と世界との対応を取り戻すのは、たえず実験を重ねるしかない。システムもなく、方法もない。音楽に向かう姿勢だけがのこされる。

CD処分第2弾 (追記 1/10)

再度スクリーニングを行って、さらに50枚ほどを処分することにしました。今回はAMAZONマーケットプレイスで売ってみることにしました。売れなくても手数料はかからないので、試してみて売れなかったらまとめて中古レコード屋に出せばいいという発送。

出品はヤフーオークションに出すよりもずっと簡単でした。

さて、出品して1日で、一つに買い手がつきました。
Doobie Brothersの"Stampede" ¥450

購入者が払う金額計 \790(配送料 ¥340)
AMAZONが取る手数料 ¥308
出品者への振込金額計 ¥482
郵送の実費用 \160

入ってくるのは\322

★ここから追記

> 出品してから、失敗したと思ってしまったのは、60日間は家を空けられなくなること…。そんなわけにも行かないので、家族に頼めるようにしておかなければなりません。

なんて、書いてしまいましたが、「出品終了」「再度出品」が簡単にできるので、留守にする間の心配をする必要はないことが分かりました。

さて、出品して1週間になりますが、7点、計7067円の売り上げになりました。昔100円で買って、読めないままになっていた専門書が、出品したその日に3千円で売れたのには驚きました。まあ、それだけの価値はある本なのですが。

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